小学生年代で重きを置くべきは技術が先か?戦術が先か?論を考えてみる。

サムネ技術or戦術

まず最初に言っておきたいんですが、この問題は決着しません。

というよりも、ドリブルやボールタッチのような「個人技術」とサッカーの原理原則だったりいかにして守り攻めるかという「戦術理解」の二元論ではないでしょう。

結局どっちも大事でしょ。片方だけで成り立つものじゃないし。

でも色んなところで、どちらに重きを置くべきか議論は繰り広げられてますよね。Twitterなんか眺めてても本当にいろんな考えの人がいます。

この記事では、なるべくならどちらに重きを置いて、子供のサッカー育成に向き合うべきか、ぼくの考えをまとめてみます。

サッカー以外のところで考えてみる

いきなりですが、サッカーじゃないところで考えてみましょう。(だって専門家じゃないからね)

技術とは?戦術とは?

「技術」っていうのは、端的に言えば「体を操作すること」だと思います。

右腕を前に回しながら左腕を後ろに回す、みたいなことを実践する能力が「技術」でしょう。(けっこう難しいですよね、この動き、、)

で、その動きが必要かどうか、必要ならどんなタイミングで実行するのかを考える、判断できるのが「戦術」だと思われます。

つまり「戦術」とは思考の話であり、もっと言えば頭を使わずに「無意識下で判断できる」ようになることだと思います。

ごはんを食べる場合

たとえばごはんを食べることを考えてみます。

「今日の晩ごはんはうどんですよ」ってうどんをパッと渡された時に、瞬間的に「はしで食べる」のか「フォークで食べるのか」を判断する、これが「戦術」だとすると、実際にはしで食べることを実行するのは「技術」の部分だと思われます。

もちろんこの場合は、はしを使って上手に食べることが正解(サッカーで言えば、成功する可能性の高いプレー)になります。

じゃあどちらをこどものときにやるべきで、どちらを大人になってからでも矯正できるか?というと、はしの扱いはこどもの頃に身につけとかないと、大人になってから正しい持ち方に矯正するのは難しいですよね。

一方、いままで「いやフォークで食べるものだと思ってたよ」という人に「いやうどんは箸でたべるんだよ」と教えるのは簡単ですね。

この例えからすると、技術の方を先に教えといた方がいいような気がします。

サッカーの話に戻します

いやちょっと待てよ。この例えをサッカーの世界にそのまま持ってくるのは乱暴もいいところです。

実際にはサッカーの戦術の理解のところは「うどんは箸で食べるものだよ」と言われてスッと理解できることほど単純じゃないですよね。

間違った理解の仕方をこどものころからしていたとしたら、つまり「そう言われてもうどんを見たらついフォークで食べ始めてしまう」みたいな感じでしょう。「はしで食べる」ことをいくら教えられても「はしで食べる」という行為が理解できない。だからやっぱりフォークで食べてしまう。という感じなんじゃないでしょうか。

そう考えると、大人になってから箸の扱いを覚える方がまだ希望があるような気がしてきますよね。


ジュニア年代に、個人のドリブルスキルばかりを鍛えられていた選手が上の年代に上がって通用しなくなると、どうしたらいいか分からなくなる、みたいな。

「はしを扱う」ことばかり鍛えて、「うどんをどのように食べるのが正しいか」を体と頭に染み込ませなかった人というのは、サッカーでこういう状況に陥ってしまうのかもしれません。

(ブルーロックの潔みたいに、壁にぶつかるたびに自分のアイデンティティをぶち壊しながら成長できるならいいんだろうけど、、)

少なくとも、考え方や文化ぐらい根底のところの理解が間違っているのを、正しく矯正するのはできるかできないか怪しいぐらい難しいだろうけど、箸の扱い(技術)を矯正するのは努力さえすればかなり高いレベルまで確実に持っていけるんじゃないでしょうか。

技術に関する部分は、努力すればだれでも9秒代で走れるとは言わないけど、プロ選手として通用するレベルまでは鍛錬すればいけるのではないかな。少なくとも戦術の方の矯正よりも希望があるかな。と個人的には思います。

こういう風に考えると、技術よりは原理原則のところを体と頭に染み込ませることの方が大事なことのように思えますけど、どうなんでしょうね。まあ簡単には答えがでない問題だと思います。

結局は楽しんだもの勝ちよ

まあ結局一番大事なのはサッカーを楽しんで、好きでいられる環境を整備することが技術や戦術を教えることよりもはるかに大事ですよね。

それを言っちゃもう議論もクソもないよ、という感じですが、この結論に異論のある人はあまり多くないのではないでしょうか。